未草とお盆の事

 祖母が、朝早くから仏壇の飾り付けをしている。
 仏間はあるが、仏壇は祖父母が現在住んでいる静岡の家にあるので普段は何もない。僕も特に用はないので、掃除に入る程度だ。
 祖母が、位牌だけを持ってきたのだ。気軽に移動して良いものなのかは分からないが、菩提寺はこちらにある。お盆なのに位牌だけ置き去りというのも妙なものだから、まあ、いいような気もする。
 仏間に小さな正方形のテーブルを出して、その上にゴザを敷き、四方の足に笹竹をくくりつけていた。精霊棚を作るのだと言う。
 お盆の支度は祖父母に任せて、昼過ぎに庭の池に未草を植えた鉢を沈めた。
 金魚がくるりと身を翻して、流木の陰に隠れている。
 水面に、水上葉だけが五枚、ゆるりと浮き上がってきた。
 午後二時頃。未の時刻に咲くので、未草という名がつけられたといわれている、日本に自生する唯一の睡蓮だ。
 白くて小さな花をつけるので、さほど大きくない庭の池にはちょうど良いだろうと思ったのだ。
 水生植物を取り扱っている園芸店で購入したもので、最初は、何にしようかと店内を眺めていたのだが、店員の一人がいろいろと相談に乗ってくれて、それならと勧めてくれたのだった。
 手入れも難しくないし、その環境ならほとんど放っておいても問題ないだろうということだった。冬も乗り越えるし、種ができて勝手に増えるとも言っていた。店員が、ひと株もあれば十分だと言うので、ふた株くらい買おうかと思っていたのに、結局ひと株と、鉢と赤玉土を買ってきただけだ。
 ともかくこれで、縁日の金魚すくいから、我が家にやって来た金魚も過ごしやすいだろう。
 リンが、池の縁から身を乗り出して、水面から顔を出している未草の葉の匂いを嗅ごうとしている。
 蕾のある株だったから、うまくすると二三日うちには花が見られるかも知れない。
 池に花を植え、水面をちらちらと赤い姿がよぎるので、庭が以前より生き生きとしているように思う。
 夏草が隆盛なせいだけではないだろう。
 祖母と祖父は、作業を一段落して座敷でのんびりと麦茶を片手に、庭を眺めている。
 妹は、つばの広い麦わら帽子をかぶって、リンと池の端にしゃがんでいる。その帽子の影がリンの鼻先にかかっていて、そのせいかリンが鼻先を何度も舐めていた。

 夕方近くなってから、歩いて二十分ほど離れた菩提寺へ、連れ立って墓参りに出かける。リンはサカエダさんと留守番である。両親は、仕事の都合がつかないので、明日来ることになっている。
 途中で切り花と蝋燭と線香を買う。本堂へ寄って、祖父母が住職に、お墓参りに来ましたのでよろしくお願いします、と挨拶をしている。普段は静かな寺も、この時ばかりは少し慌ただしい。
 墓所の掃除をし、水で清める。花と火と線香を供え終わった頃合いに住職が経を上げに来た。代々の墓の近くに、大きな桜の木が一本立っていて、その木陰だけは妙に涼しく感じられる。墓所は、土が露出している部分が広いせいか、蝉の数が多いように思う。
 墓参りから戻ると、少し日が傾いている。縁側の軒先に火を入れた盆提灯を提げる。
 祖母が玄関先に焙烙(ほうろく)を置き、その上にオガラを折って重ねていく。祖父がマッチを擦ると、火薬と燐の燃える匂いが、 僅かに鼻腔をつんと刺激する。
 すぐにオガラから煙が立ち上る。妹が真っ先に手を合わせた。普段、お盆らしい行事になど参加していなかったのに、まるで慣れたような自然な動作だったので驚いた。 
 祖父母と僕も、妹に続いて手を合わせる。
 そうして、そのまま皆しばらく黙ったまま、煙の流れを眺めていた。
 庭木に止まって鳴いていたアブラゼミが、何かに驚いたようにジッと鳴らして飛び去っていった。

曾祖父の美術館の事

 リンと朝の散歩に行ってから、イズミヤさんの家へ出かける。
 祖父母と僕に加え、妹も一緒に行く事になり、リンはサカエダさんに任せて家を出る。
 電車で一時間ほど移動する。普段行かない土地だったが、来てしまえばどうということもない距離だ。
 駅からは少し距離があるからと、駅前までイズミヤさんと彼の息子さんが車で迎えに来てくれていた。息子さんと言っても、僕の父ほどの年代である。
 イズミヤさんは車の中で、描く方には芽が出なかったけれど、見る方にはそれなりに伸びたのだと自分で言って笑っていたが、到着してみると大層立派な外観で、イズミヤさんによると、美術館は瀟洒な明治期の小さな和洋館を移築したものだそうだ。美術館の裏手にある自宅も立派な建物で、商売の方でもかなり立派に成功した人物のようだった。
 イズミヤ夫人が玄関まで迎えに出てくれて、暑い中ようこそいらっしゃいました。と丁寧に挨拶してくれた。
 イズミヤさんの自宅の居間で祖母とイズミヤさんは、僕が生まれるよりずっと昔の話で盛り上がっている。祖父は黙ってにこにこと聞いている。
 そんな話題が一段落した頃、祖母が曾祖父のスケッチを、イズミヤさんに渡す。
 イズミヤさんは感激してくれて、よく見つけて下さいました。と言う。
 祖母が、本来私設美術館を開きたいと言って下さった時にお渡しできれば良かったんですけれどね、いくら蔵の中を探しても出て来なかったんですよ。だから、もう存在しないものと思っていたんですが、それを先日孫が見つけてくれて。
 妹が曾祖父の絵を是非見たいと言い出したので、僕と二人だけで先に美術館を見せてもらうことにした。イズミヤ夫人が、ご案内しましょう。と言ってついてきてくれた。
 一旦、イズミヤさんの自宅を出ると、庭の木々から蝉の音が雨のように降ってくる。蝉の音に押されるように美術館の正面に回る。
 玄関ポーチを入ると、それほど広くはないのにゆったりした感じのするエントランスがあり、ちょうど建物の中央辺りに階段があった。手すりは飴色で艶やかに磨きこまれている。
 エントランスの片隅に、建物に遜色のないアンティークのテーブルと椅子があり、そこが受付のようだった。
 エントランスにある靴棚からスリッパに履き替える。
 イズミヤ夫人が受付の女性に小さな声で、こちらは特別なお客様なのでこのままお通しして構いません。と言っているのが聞こえてしまい、少々複雑な気持ちになる。
 絵は、主に二階に展示されているというので、二階へ上がる。
 妹も、建物のいたるところに施された装飾を、楽しげに眺めながら階段を上がってきた。
 ひいおじいちゃんの絵って、実物あんまり見たことないんだよね。と、妹が言うので、僕もほとんどないと答える。
 妹は、ふーんと言いながら僕を追い越し、展示室の中に入って行く。展示室の中には、誰もおらず、貸し切り状態だった。
 展示用に公開されている部屋は全部で四つあり、絵は年代の古い順に並べられているようだ。
 画家の曾祖父を持つ身としては情けないことではあるが、絵についての知識はほぼ皆無に等しい。曾祖父個人の絵に対する知識も同様だ。
 好みか好みでないか、くらいの感覚でしか見られない。妹が意外に曾祖父の絵に詳しく、その解説を聞きながら回った。
 初期の頃は、結構写実的にきっちり描いていて、それからだんだん輪郭をはっきりさせない画風になっていったんだって。
 でも、こうして離れて見ると、遠くに幻想的な絵が浮かんでいるように見えるんだって。妹は、そう言いながら、一枚の絵から遠ざかる。
 あ、あとね、夜に薄暗い月明かりくらいの明るさで見ると違う風に見えるらしいよ。おもしろいよね。妹はそんなことを言う。
 和室に飾られた絵の中に、イズミヤさんと初めて会った時に見せてもらった絵があった。月夜に、緑の稲田の中を散歩している、赤い洋服の少女の絵だ。
 しばらく眺めていると、他にも客が来たようで、廊下をパタパタと歩く音が聞こえる。
 和室の出入り口の方に目を向けると、赤いワンピースの女の子が横切って行った。まるで絵から出て来たようだなと思った。


 一通り見て回った頃、祖父母とイズミヤさんが美術館にやって来て、今度はイズミヤさんの解説を聞きながらもう一度じっくり回った。
 昼食をご馳走になり、帰り際にイズミヤさんが、近々絵を譲ってもらえることになりそうです。また遊びにいらして下さい。と言ってくれた。
 

夏休み前日の事

 朝起きると、すでに祖母が朝食の支度に取りかかっている。祖父は、居間でテレビを見ている。
 長くこの家に暮らしていた二人を、家の方も当然のように受け入れているように感じる。それほどしっくりと馴染んでいて、見ているこちらもよく分からない安心感を得るほどだ。
 リンの散歩に行っておいでよ、戻るまでには朝ご飯できているから、と祖母が言う。
 リンは、味噌汁の出汁をとるのに使った煮干しをもらってかじっていた。ひゃふひゃふという湿った面白い音を立てている。
 礼のつもりか、小さくひかえめな声で一声吠えると、僕の方へ走って来た。


 会社に行く前、祖母に、蔵の二階から持ち出した箱を渡した。曾祖父の描いたものなのか、確認してもらうためだ。
 もし、曾祖父の描いたものであれば、それなりに貴重なものかも知れない。


 会社では、昼休みになったと同時にカネダさんが紙袋を提げて僕の部署までやって来た。
 夏休み用の本だそうだ。文庫本が十冊ほど、全部ミステリだという。
 カネダさんはお盆休みに有給休暇を十日もぶら下げて、長期休暇の構えである。土日は休日なので、八月はもう会社に来ないのではないかと思ったら、大丈夫、ちゃんと一日だけは来るから。などとうそぶいている。昼飯は、ヨネヤと三人で蕎麦を食べに行った。


 帰宅すると、祖母が待ち構えていて、箱の中身は確かに半分は曾祖父のスケッチだったそうだ。もう半分は、曾祖父の近くで祖母が子供の頃に描いていた絵で、大層懐かしいものを見つけてくれたと喜んでいた。明日は、イズミヤさんのところへ行くので、曾祖父のスケッチを持って行こうということになった。

祖父母が来た話

朝、リンと散歩に行く前に、庭の餌台にオレンジを乗せる。
池の周囲には、雀が何羽かちょこちょこ跳ねていたが、僕の気配でみんな飛んで行ってしまった。
池の中をのぞいてみたが、金魚は流木の陰に隠れているようで姿が見えなかった。


妹は、昨夜座敷で夜更かしをしていたようで、さすがに起きてこなかったので、居間のサカエダさんにだけ挨拶をして散歩に出る。
散歩から戻って、いつものように簡単な朝食を作り、座敷で寝ている妹に声をかけてみたが、うんともすんとも返事が無い。
襖の縁を軽くノックしながらもう一度声をかけると、くぐもった小さな声で「ねむいー」という返事が返ってきた。
仕方が無いので一人で朝飯をすませ、簡単な書き置きをして、あとはサカエダさんに任せて会社へ向かう。


昼休みに、祖父から携帯電話に連絡が来て、祖母と二人でこちらに着いたという。
家には妹もいるから、好きにしてくれて構わないと言うと、家主がいないうちにすまないねと言われた。
家主と言われても、あまりピンとこない。
僕は、いずれあの家に戻ってくるはずの、祖父母の留守を預かった仮の主だ。
住んでいる以上、あの家に帰れば、ああ帰ってきたなと思うし、落ち着いた気分にもなる。
けれど、どこかでやはり、仮の住まいだという自覚はあるのだ。
僕は自分の家というものを持ったことがないから、はっきりとは言い切れないが、自分の住処というのは空間の隅々までしっくりと身体に馴染むものだと思う。そこによそよそしさは無い。
家の方によそよそしさがあるのではなく、そこに住んでいる者の方に、ある種の緊張感があるのだろう。
それは、いつかはここを離れなければならないという事実に基づいている。
だから、僕は自分をあの家の家主であると思ったことは一度も無いのだった。
そして、たぶんそれは間違っていない。家自体の所有者は祖父の名前になっているはずだ。


夕方、仕事を終えて家に帰ると、リンが嬉しそうに玄関まで走って出迎えに来てくれた。
人が多いので、はしゃいでいる様子だ。
夕飯は、既に祖母と妹が作ってくれていた。


リンは、祖父に会うのは初めてだったのだが、人見知りしない性格のお陰ですっかり打ち解けた雰囲気だった。
夕飯の前に、リンと散歩に行くことにした。妹が、一緒に行くと言ってついてくる。
リンの紐を持たせてほしいというので預けると、リンちゃん行こうと促して仲良く並んで歩き出した。
妹は、今日はほとんど一日中リンと遊んでいたのだそうだ。
公園を一周して帰る。


夕飯の後で、祖母と妹が縁日に行くという。祖父は留守番をしているというから、用心に一緒に行くことにする。
リンにも留守番していてもらうことにした。
祖母が、神社のお祭りなんだからまずはお参りをするのが筋だというので、三人でお参りする。
ここのお祭りに来るのは、とても久しぶりだ。確か、夏休みと正月の度に祖父母の家に遊びに来ていた頃だから、中学二年生くらいだったように思う。祖父母の家に遊びに行くという習慣はなくならなかったが、夏休みに限らなくなったのは高校生になってからだったはずだ。


それから屋台の連なる参道をのんびり歩いた。

夏祭りと金魚の事

お盆休みの前後は、有給休暇を取る人間が多いので、社内がなんとなくガランとしている。
取引先の企業も似たようなものだから、人が減ったからといって、仕事の量が増えるわけでもない。
僕もヨネヤも、お盆休みを長くするつもりはなく、夏休みは会社のカレンダー通りだ。


午前中仕事をしていると、いつでも来て良いなら今日からにする。というメールが妹から届いた。
今日と明日の二日間にかけて、僕の住む家の近くの神社でお祭りがあるから、それに行きたいということらしい。
母が合鍵を持っているから、自分で開けて入って、留守番していてくれてもいいと返信したが、落ち着かないからと僕の仕事が終わる頃に合わせて来ることになった。


夕方の六時頃に、家の最寄り駅で妹と合流する。
夏祭りが余程楽しみらしく、浴衣姿で不釣り合いに大きな鞄を提げている。
見兼ねて鞄を引き受けると、何泊するつもりなのか妙に重かった。


一度家へ帰り、着替えてから今度はリンも連れて神社へ向かう。
僕が支度をしている間に、妹は居間でリンとサカエダさんに再会の挨拶をした後、賑やかに何事か話をしていた。
たぶん、サカエダさんは例のにこにこ顔で頷いているのだろうと、妹の声を聞いていて思った。


神社のお祭りは参道に屋台や出店が連なり、なかなかの賑わいを見せている。
神社の規模はさほど大きくはないが、普段は掃除の行き届いた、居心地の良い場所だ。
僕は、リンがいるから境内に上がるのは遠慮して、妹が縁日を見ている間、神社の周囲を散歩することにした。
晩飯は屋台で適当に見繕ってもらうことにして、妹に資金を渡す。
妹は明日も祖母たちとここのお祭りに来る約束をしているというから、半分下見のつもりなのだろう。
ぐるりと回って、最初の場所に戻ってくると、既に妹が戻ってきている。
右手に、赤い金魚の入った袋をぶら下げていた。左手にも、なにやら袋をぶら下げている。
金魚すくいをしてみたら、生まれて初めて成功したのだという。
池に放しても良いかなと言うので、僕は構わないけれどリンに聞いてみないと分からない、と答える。
金魚が住んでいたら、池の水を飲むわけにもいかないだろう。
妹は律儀にリンの前にかがみ込んで、リンちゃんお家の池に金魚を住まわせてもいい?と聞いている。この子、と言って金魚の入った袋を見せたりしている。
リンは、分かったのかどうなのか、妹の鼻の頭をぺろりと嘗める。僕の方をちらりと見て、また妹の鼻をぺろりと嘗める。
いいってさ、と僕が言ったら、リンはまるで今すぐ家に帰ろうとでも言うように紐をくわえて引っ張った。
まっすぐ家に帰って、金魚の入った袋をそのまま池に浮かべる。池の温度に慣れてもらうためだ。


居間で、妹が買ってきた焼きそばとたこ焼き、それから牛肉の串焼きに焼きとうもろこしを適当にわけて食べる。
妹は、どれも食べたいものだけれど、一人では絶対に食べきれないと言いながらつついていた。


夕飯を済ませてから、金魚を池に放した。
隠れるものが何もないので、とりあえず蔵の中に仕舞ってあった流木を入れておく。
明後日からお盆休みに入るので、何か植えてみようと思う。

休日の話

雨は夜の内に上がったようで、窓の外の洗いたての空気が気持ち良かった。
僕とリンが起き出すと、座敷で寝ていたヨネヤが廊下に顔を出した。
寝ぼけた顔で、散歩なら一緒に行くと言うので玄関で待っていると、リンは妙に嬉しそうにヨネヤが来る廊下の方を向いて待っている。人数が多いとリンも楽しいのだろう。
散歩に出る前に、昨日作った餌台にオレンジを切って出しておいた。


ヨネヤが紐を持ちたいと言うのでリンを任せてしまうと、なんとなく手持ち無沙汰になった。
リンが時折立ち止まってヨネヤと僕の方を見る。
今日は公園の方へ行こうかと言ってみたら、なんだか納得したようで、それきりなんでもない顔をしていた。


散歩から戻って庭をこっそり覗くと、やはりメジロが来ている。
すっかり物慣れた様子でおいしそうにオレンジを啄んでいた。
ヨネヤが感心したようなため息をつくと、何故かリンが得意気にヨネヤを見上げていたのが可笑しかった。
朝飯を食べてから、蔵の虫干しの続きに取りかかる。
途中で祖母から電話が来て、明後日の十日に祖父と二人でこちらに来るという連絡。
イズミヤさんの所へは、十二日に行くから忘れないようにと念を押された。


ヨネヤは今日も虫干しの手伝いを買って出てくれて、本を運び出し、また元に戻すところまで手伝ってくれた。
夕方近くにリンと一緒に、帰るヨネヤを駅まで送る。
今度お礼をするから何がいいかと訊ねると、また虫干しの手伝いをしたいと言う。
それならその後でささやかな宴会でもしようかと言ったら、それがいいと答えて、別れ際にリンの頭をわしわしと撫でてから帰って行った。


夜、妹から電話。お祖母ちゃんとお祖父ちゃんが帰って来たら、泊まりに行きたいと言うので、いつでも来て良いと答える。
それじゃあ、行く時に連絡をするねと言って電話は切れた。妹は祖母の性格に似て、いつも行動が唐突だ。
リンに、しばらくしたら賑やかになるよと言ったら、嬉しそうに鼻をすり寄せて来る。
リンも大分成長してきたので、そろそろ座敷犬を卒業しなければならないなと、ふと思った。

餌台と虫干しの事

今朝は、昨日会社帰りに買ったオレンジを切って、出しっぱなしにしていた即席の餌台に乗せてから散歩に出かけた。
昨日出した林檎は、あらかた無くなっていて、たぶんメジロ以外によく池に集まっているスズメあたりも食べて行ったのだろう。
庭を出る時に何を思ったのか、リンが桜の木に向かって、くふんと鼻を鳴らしていた。


曇り空で、なんとなくすっきりしない天気だった。
僕が空を眺めながら歩いていたら、リンも空を見上げながら歩いていたので笑ってしまった。
リンは何を気にしていたのだろう。
そう思って、どうかした?と聞いてみたら、くふうとため息みたいな返事が返って来た。

散歩から戻り、そっと庭を覗いてみると、またメジロが来ていた。
昨日と同じ奴だろうか。おいしそうにつついている。
リンもそうだが、真剣に食べる姿は見ていて嬉しくなるものだ。
しばらく眺めていたら、またリンが池に向かって駆け出して行き、メジロは庭木に隠れたようだった。


午前中にヨネヤが家まで来ると言うので、簡単な朝食をすませてから、座敷などを掃除する。
座敷を箒で掃いていたら、リンが必死の様子で箒を追いかけ回すので、途中から掃除をしているのか遊んでいるのか分からなくなった。


九時頃にヨネヤがやって来て、来るなり早速、餌台を作ろうと言う。
蔵に置いてあった材木を適当に選んで、二人がかりで適当に組み、三十分ほどで即興の餌台が出来上がった。
適当に作ったわりに出来は良くて、僕たちの作業を黙って眺めていたリンまで満足そうに見えた。
庭の、奥から数えて三番目に植わっている梅の木の近くに、出来上がった餌台を置いた。

座敷で休憩しようと家に上がると、ヨネヤは居間の窓際にいたサカエダさんに挨拶をしている。
僕が台所で麦茶を用意している間、鳥の餌台を作ったと報告しているようだった。


休みの特に予定のない日は、蔵の中にあるものを虫干ししているのだと話したら、ヨネヤは、手伝うから今からやろうと妙に乗り気だ。
今度は家の裏にある庭へ回って、虫干しをすることになった。
蔵の中に入るとヨネヤは、なんだか嬉しそうに中を見回しながら、個人宅で普通に使われている蔵、しかも土蔵に入るのは初めてだと言っていた。
確かに使ってはいるが、頻繁に動かすものはほとんどない。
奥の方には何が仕舞ってあるのか分からない箱などもあった。


二階の本を先に庭先へ引っ張り出してきて、日陰に置いた台の上に並べる。
今日は祖父や祖母の蔵書が入っている本棚だった。
大半が、古風な文体の本で占められている。
二人で取り掛かったので、昼までに本棚ひとつ分を運び出すことができた。


さすがに少し疲れたので、サカエダさんとリンに留守を任せて近所の蕎麦屋に行って昼飯を食べることにした。
ヨネヤは鴨南蛮で、僕は天せいろを食す。
帰りに夕飯の食材を買って帰った。


戻って続きをやろうかと思ったら、少し風が出てきた。天気が変わるかも知れないので、並べた本を片付けることにした。
居間の窓から、サカエダさんが僕たちの作業を楽しそうに眺めている。リンはその窓の外で、やはり温和しく座って眺めている。
全ての本を仕舞い終えてから家に戻ると、まるで待っていたように雷が鳴り出し、じきに雨が降ってきた。


夕飯を作り終えてもまだ雷雨は続いていて、座敷で外を眺めながら夕飯を食べる。リンも縁側の手前に座って空が光るのを見ていた。
結局ヨネヤは泊まっていくことになり、リンは夜になっても遊んでもらえて上機嫌だった。


今朝は、昨日会社帰りに買ったオレンジを切って、出しっぱなしにしていた即席の餌台に乗せてから散歩に出かけた。
昨日出した林檎は、あらかた無くなっていて、たぶんメジロ以外によく池に集まっているスズメあたりも食べて行ったのだろう。
庭を出る時に何を思ったのか、リンが桜の木に向かって、くふんと鼻を鳴らしていた。


曇り空で、なんとなくすっきりしない天気だった。
僕が空を眺めながら歩いていたら、リンも空を見上げながら歩いていたので笑ってしまった。
リンは何を気にしていたのだろう。
そう思って、どうかした?と聞いてみたら、くふうとため息みたいな返事が返って来た。

散歩から戻り、そっと庭を覗いてみると、またメジロが来ていた。
昨日と同じ奴だろうか。おいしそうにつついている。
リンもそうだが、真剣に食べる姿は見ていて嬉しくなるものだ。
しばらく眺めていたら、またリンが池に向かって駆け出して行き、メジロは庭木に隠れたようだった。


午前中にヨネヤが家まで来ると言うので、簡単な朝食をすませてから、座敷などを掃除する。
座敷を箒で掃いていたら、リンが必死の様子で箒を追いかけ回すので、途中から掃除をしているのか遊んでいるのか分からなくなった。


九時頃にヨネヤがやって来て、来るなり早速、餌台を作ろうと言う。
蔵に置いてあった材木を適当に選んで、二人がかりで適当に組み、三十分ほどで即興の餌台が出来上がった。
適当に作ったわりに出来は良くて、僕たちの作業を黙って眺めていたリンまで満足そうに見えた。
庭の、奥から数えて三番目に植わっている梅の木の近くに、出来上がった餌台を置いた。

座敷で休憩しようと家に上がると、ヨネヤは居間の窓際にいたサカエダさんに挨拶をしている。
僕が台所で麦茶を用意している間、鳥の餌台を作ったと報告しているようだった。


休みの特に予定のない日は、蔵の中にあるものを虫干ししているのだと話したら、ヨネヤは、手伝うから今からやろうと妙に乗り気だ。
今度は家の裏にある庭へ回って、虫干しをすることになった。
蔵の中に入るとヨネヤは、なんだか嬉しそうに中を見回しながら、個人宅で普通に使われている蔵、しかも土蔵に入るのは初めてだと言っていた。
確かに使ってはいるが、頻繁に動かすものはほとんどない。
奥の方には何が仕舞ってあるのか分からない箱などもあった。


二階の本を先に庭先へ引っ張り出してきて、日陰に置いた台の上に並べる。
今日は祖父や祖母の蔵書が入っている本棚だった。
大半が、古風な文体の本で占められている。
二人で取り掛かったので、昼までに本棚ひとつ分を運び出すことができた。


さすがに少し疲れたので、サカエダさんとリンに留守を任せて近所の蕎麦屋に行って昼飯を食べることにした。
ヨネヤは鴨南蛮で、僕は天せいろを食す。
帰りに夕飯の食材を買って帰った。


戻って続きをやろうかと思ったら、少し風が出てきた。天気が変わるかも知れないので、並べた本を片付けることにした。
居間の窓から、サカエダさんが僕たちの作業を楽しそうに眺めている。リンはその窓の外で、やはり温和しく座って眺めている。
全ての本を仕舞い終えてから家に戻ると、まるで待っていたように雷が鳴り出し、じきに雨が降ってきた。


夕飯を作り終えてもまだ雷雨は続いていて、座敷で外を眺めながら夕飯を食べる。リンも縁側の手前に座って空が光るのを見ていた。
結局ヨネヤは泊まっていくことになり、リンは夜になっても遊んでもらえて上機嫌だった。