祖父母が来た話

朝、リンと散歩に行く前に、庭の餌台にオレンジを乗せる。
池の周囲には、雀が何羽かちょこちょこ跳ねていたが、僕の気配でみんな飛んで行ってしまった。
池の中をのぞいてみたが、金魚は流木の陰に隠れているようで姿が見えなかった。


妹は、昨夜座敷で夜更かしをしていたようで、さすがに起きてこなかったので、居間のサカエダさんにだけ挨拶をして散歩に出る。
散歩から戻って、いつものように簡単な朝食を作り、座敷で寝ている妹に声をかけてみたが、うんともすんとも返事が無い。
襖の縁を軽くノックしながらもう一度声をかけると、くぐもった小さな声で「ねむいー」という返事が返ってきた。
仕方が無いので一人で朝飯をすませ、簡単な書き置きをして、あとはサカエダさんに任せて会社へ向かう。


昼休みに、祖父から携帯電話に連絡が来て、祖母と二人でこちらに着いたという。
家には妹もいるから、好きにしてくれて構わないと言うと、家主がいないうちにすまないねと言われた。
家主と言われても、あまりピンとこない。
僕は、いずれあの家に戻ってくるはずの、祖父母の留守を預かった仮の主だ。
住んでいる以上、あの家に帰れば、ああ帰ってきたなと思うし、落ち着いた気分にもなる。
けれど、どこかでやはり、仮の住まいだという自覚はあるのだ。
僕は自分の家というものを持ったことがないから、はっきりとは言い切れないが、自分の住処というのは空間の隅々までしっくりと身体に馴染むものだと思う。そこによそよそしさは無い。
家の方によそよそしさがあるのではなく、そこに住んでいる者の方に、ある種の緊張感があるのだろう。
それは、いつかはここを離れなければならないという事実に基づいている。
だから、僕は自分をあの家の家主であると思ったことは一度も無いのだった。
そして、たぶんそれは間違っていない。家自体の所有者は祖父の名前になっているはずだ。


夕方、仕事を終えて家に帰ると、リンが嬉しそうに玄関まで走って出迎えに来てくれた。
人が多いので、はしゃいでいる様子だ。
夕飯は、既に祖母と妹が作ってくれていた。


リンは、祖父に会うのは初めてだったのだが、人見知りしない性格のお陰ですっかり打ち解けた雰囲気だった。
夕飯の前に、リンと散歩に行くことにした。妹が、一緒に行くと言ってついてくる。
リンの紐を持たせてほしいというので預けると、リンちゃん行こうと促して仲良く並んで歩き出した。
妹は、今日はほとんど一日中リンと遊んでいたのだそうだ。
公園を一周して帰る。


夕飯の後で、祖母と妹が縁日に行くという。祖父は留守番をしているというから、用心に一緒に行くことにする。
リンにも留守番していてもらうことにした。
祖母が、神社のお祭りなんだからまずはお参りをするのが筋だというので、三人でお参りする。
ここのお祭りに来るのは、とても久しぶりだ。確か、夏休みと正月の度に祖父母の家に遊びに来ていた頃だから、中学二年生くらいだったように思う。祖父母の家に遊びに行くという習慣はなくならなかったが、夏休みに限らなくなったのは高校生になってからだったはずだ。


それから屋台の連なる参道をのんびり歩いた。