両親とリンの事

 リンと朝の散歩に行き、朝食はまた祖母の用意してくれたものを四人で食べる。なんとなく、学生の頃の夏休みを思い出した。
 昼頃、両親が顔を出した。一泊していくと言う。
 リンと両親は初対面だったのだが、リンはいつものように訪ねてくる人間には歓迎の意を表している。父は、「おう、犬」というよく分からない挨拶をしていたが、母は、リンちゃんはじめまして、まあ、可愛らしい。と大喜びしていた。
 昼食は、そうめんと天ぷらを僕が作った。出汁をとって、簡単なそうめんつゆも用意する。妹が、薬味を用意するのを手伝ってくれた。リンに冷ました出汁を少しあげると、大喜びであっという間に飲み干してしまった。
 座敷に大きな座卓を出して、六人で食べる。
 両親は、昼食後に墓参りへ出掛けて行った。祖父母も妹も、ちょっと出てくると言って出掛けて行く。午後は、カネダさんに借りた本を少し読み進める。

 夕食後、抗いがたい眠気に襲われて、座敷でつい、うたた寝をする。すると、妙にくっきりとした夢を見た。
 夢の中でもリンと、この家の座敷に居るところだった。

 余所の家を訪問するには少し遅い時間に、玄関の戸を控え目に叩く音がする。
 リンはちらりと玄関の方に顔を向けたが、なんだか物分かりの良さそうな顔でその場に伏せてしまう。
 かと思えば、僕が玄関の様子を見に行く後ろを、面白そうについて来る。
 玄関の外の電気を点けると、人影が二つ並んでいる。
 門柱と、玄関戸の横に呼び鈴がついているのに気がつかなかったのだろう。
 僕が、どちら様ですかと尋ねると、このほど近くに越して参りました者です。夜分に失礼とは存じますが、御挨拶に伺いました。と、やけに丁重な物言いの落ち着いた男性の声が答えた。
 框を下りて玄関の戸を開けると、僕より頭一つ高い男性と、それに寄り添うように立っている小柄な女性の姿があった。
 僕がこんばんはと言うと、二人もこんばんはと言う。
 男性は精悍な印象を受ける引き締まった顔立ちで、その顔をしっかり見る間もなく深々と頭を下げ、たっぷり十秒ほどして頭を上げる。隣に立つ女性もそれに倣う。
 僕が慌ててご丁寧にどうも有り難うございますと頭を下げると、二人は嬉しそうに笑う。
 これは御挨拶の品です。どうぞお納め下さい。と言って女性が小さな箱を差し出して来る。ほっそりとした手をしている。礼を言って受け取ると、二人はまた揃って頭を下げ、夜分に大変失礼致しました。と言い残すと、帰って行ってしまった。
 包みを解き、箱を開けてみると梅の花が詰まっている。
 これは一体、と思ったところで目が覚めた。
 目を覚ましてみると、座敷の縁側で、父がリンと遊んでいる。いつの間に買って来たのか、犬が噛んでも壊れない、ゴムでできた桃色のボールを転がしていた。