鳥の声と林檎の事

朝の散歩から戻り、いつものようにリンと庭へ回って、リンが池の水を飲んでいるのを眺めていたら、庭木の上の方から綺麗な鳥の囀りが聞こえてきた。
澄んだ高音で、複雑な旋律を器用に囀っている。姿は見えない。
リンが鼻先を空に向けて、耳を澄ますように首を傾げる。
しばらくして、音の出所が分かったのか、桜の木をじっと見上げる。くんくん鼻を動かしているのは、匂いを嗅ぎ分けようとしているのだろうか。
僕も桜の木を注意深く探してみたものの、すっかり勢いのある葉桜で、啼き声の主を見つけることは出来なかった。
ふと座敷を見ると、いつの間に来たのか、サカエダさんもにこにこしながら桜の木を眺めている。
いつもこの庭に立ち寄ってくれたらいいのにねと、リンに言ってみた。
リンは僕に向かって、くう、と小さな溜め息のような音をたてて、また池の水を飲んでいた。
賛成だったのか反対だったのか、どちらだろうと考えたくなるような反応だ。


会社でヨネヤに、綺麗な声で啼く鳥がいたと話すと、メジロかなんかかもなと言われた。
野生なのか、どこかの家で飼われていたのが逃げたのかも知れないな、とも言っていた。
庭先に果物でもあればまた来るかも知れないので、明日の朝に林檎でも置いておこうと思う。
会社帰りに、おいしそうな林檎を見つけたので、自分の食べる分と鳥の分を買う。
夕飯の後で林檎をくるくる剥いていたら、五十センチほどまで剥いた皮を、リンがちぎって持って行ってしまった。面白かったのだろう。
しばらく咥えて家中を走り回っていたのだが、いつの間にかどこかに放してきたらしい。
後で家の中を探し回ってみたが、とうとう見つからなかった。もしかしたら食べてしまったのだろうか。