モチヅキの話

連休は終わりだと言ってキスミは昨日帰ったのだが、
モチヅキは、連休中はずっと仕事をしていたのだそうで、今日と明日は休みなのだと言って家に泊まり込んでいる。
ヨネヤも、僕の家から会社に行く方が近くて楽だと言って、泊まり込んでいる。
チカコさんはいいのかと聞いたら、朝寝坊できるからいいのだとか言って喜んで送り出してくれたのだそうだ。


朝の散歩から帰ると、モチヅキとヨネヤは、僕の顔を見るなり一体何時に起きているんだと呆れた顔をしている。
おまけに、座敷で寝ていると、雀の声がすると言う。一羽や二羽ならいいが、十も二十もいるのではないかという喧しさで、さすがに目が覚めると言われた。
僕が喧しいのならなんとかできるが、勝手に飛んでくる雀では仕方がないと思う。


モチヅキは、洋菓子店に就職したばかりである。パティシエと呼ばれる職業で、昨年までフランスで修行をしていた。
大学は一緒に卒業したのだが、その後、目が覚めたなどと言って専門学校に通い始めた。栄養士になるのだと意気揚々と通学していたのだが、さらに目から鱗でも落ちたのか、洋菓子作りに転向したのだった。
パティシエといえばフランスなのだそうだが、肝心の洋菓子さえあまり進んで食べないので、僕にはよく分からない。
そう言うと、じゃあ、二人が会社に行っている間に、洋菓子がどんなにうまいものか作っておいてやるから寄り道せずに帰ってこいなどと言う。
どうやらモチヅキはもう一日泊まって行くつもりなのだろう。
そして、ヨネヤも家に帰ってくることになっている。
別に構わないのだが、すっかり宿屋だなと思う。


ヨネヤと二人、言われた通りまっすぐ帰宅してみると、カスタードプリンとマドレーヌが用意されていた。
オーブンもないのにどうやったのかと聞くと、わざわざ家に戻って作ってきたのだと言う。それからこれは甘いのが苦手でも食べられると思うと言って、冷蔵庫からコーヒーゼリーを取り出して見せてくれた。
どう見てもそれぞれが十人分以上ある。こんなにどうするのかと尋ねると、いつもの調子でつい作りすぎてしまったので、近所にでも配ってくれと言う。
モチヅキは、居間にいる人にも、と言うが、サカエダさんは何かを勧めても食べたことがない。あの人は食べないよと言うと、洋菓子を食べないという意味に取ったのか、残念だな。と、呟いていた。


モチヅキの作った菓子は、どれもおいしかった。
カスタードプリンなど、高校生の頃に食べたのが最後だったような気がする。
ヨネヤは洋菓子がわりあい好きなようで、ああ、これは売れる。おいしいと言いながら食べていた。売れるも何も、モチヅキはこれで食っているのだ。
でも、確かにおいしいと思った。
本人の言葉によると、このカスタードプリンは、女子小中高生や女子大生、OLや主婦、年配の女性のみならず、スーツ姿のサラリーマンなどにも人気の商品らしい。
あまり甘すぎず、カラメルソースもほんのり苦みが利いている。
マドレーヌも、なんともいえないコクがあって、歯触りも良く、おいしいと思った。
僕としては、コーヒーゼリーが一番好みだった。


ヨネヤは、チカコさんに持っていくと言って、モチヅキの店の所在を詳しく聞いて、あっという間に帰ってしまった。なんだかんだで愛妻家なのだ。
僕はモチヅキと二人、リンの散歩がてら、カンダさんの家にプリンとマドレーヌを持って行った。
よく考えると、リンを貰ってから、一度もお礼に行ったことがなかったなと思う。
礼の品が、友人の作った菓子というのもどうかと思うが、あまり深く考えないことにした。
カンダさんは、目の前で一口味見をして、モチヅキの店にも必ず伺いますと大いに喜んでくれた。


帰りに、酒屋でビールと焼酎を買って戻る。
簡単なつまみを作って、ささやかに宴会をした。