熱の事

昨日の朝、目が覚めないと思っていたら、熱が出ていた。
特に風邪をひいたわけでもないし、熱以外に自覚症状もなかった。
疲れが出たのだとキスミは言うが、疲れるようなこともした憶えはない。
何か変わったことをしたかと聞かれたので、最近庭の池を掘り返した事と、昨夜の達磨の話をした。
携帯電話の着信履歴を見ると、やはり奇妙な番号は残っていて、キスミはそれを見るなり、黙ってその履歴を削除した。
まあ、とにかく寝ていろと言う。言われなくても、寝ているより他に仕方がないので、折角の休日だというのに、ほとんど部屋から出なかった。
うとうとして気がつくと、リンが時折僕の顔をのぞき込んだり、足元で行儀良く座っていたりした。
リンの散歩はキスミが行ってくれたらしい。


今朝は普通に目が覚めた。
熱はすっかり下がっていて、昨日一日横になって過ごしていたのが嘘のようだった。
リンは、いつもの場所で仰向けになって寝ている。
起き上がって座敷を覗いたら、知らない間に人間が増えていた。
キスミの他に、大学の時からの友人のモチヅキと、それからヨネヤがいる。
座敷の隅に、空の缶ビールが七本、几帳面に並べてあった。これはおそらくモチヅキが並べたのだろう。
ふと見ると、蔵から持ち出した達磨は、座敷の箪笥の上で小さな朱色の縮緬の座布団に載っている。
何年も前からそこにあったように、しっくりと収まっていた。


三人とも起きる気配がないので、リンと散歩に行くことにした。
体調はすっかり良くなっていて、身体が軽く、気分が良かった。
散歩から戻っても、三人はまだ寝ている。風呂に入ってから、四人分の朝飯を作り始めると、ようやく起き出してきた。
モチヅキが、おはようと言いながら、作るのを手伝ってくれた。
キスミによると、昨日の夕方、電話を掛けてきた二人がモチヅキとヨネヤだったのだそうだ。
モチヅキとキスミは同じ大学だが、ヨネヤは初対面だった。
家の主が高熱で寝込んでいるというので、見舞いがてらに家まで来たのだが、あまりに平和に眠っているのを見て安心したらしい。涼しげな顔をしていたそうだ。
たぶん、気温より体温の方が高かったので、状態としては快適だったのだろう。
なんとなく三人で座敷で話し込んでいるうち、そのまま何故か飲み会になったらしい。
見舞いの品が、座敷に並んでいたビールだったのだというから、少しばかり呆れた。


そういえば、縮緬の座布団は、玄関先に落ちていたのだとキスミが言った。
蔵から達磨を持ってくる途中で落としたのだろうと言われたが、座布団など持ち出した憶えはない。
夜中で、眠かったこともあるから気がつかないうちにつかんでいたのかも知れないと思った。


ヨネヤが、池を見たいと言うので、座敷の縁側から眺める。
すっかり雀の憩いの場所になっている。池を掘った顛末を話した。
そのうち、何か植えようと思った。