達磨の事

夜中に、携帯電話に着信があった。そろそろ寝ようかと思っていたところだった。
出ようと思ったら、切れてしまった。
着信の番号を見たら、数字に混じって「#」や「*」という記号が表示されている。
おまけに、普通の電話番号より長かった。
故障でもしたのだろうかと思っていると、再び電話が鳴るので、今度はすぐに出た。


本が降ってくる、助けてくれ。


何か答える前に、また切れてしまった。
着信履歴を見ると、ひとつ前に掛かってきたのと同じ、数字に記号の混じった番号だった。念のために、その番号に掛け直してみることにした。
しかし、発信ボタンを押してしばらく待ってみたが、呼び出し音すら聞こえない。
画面を見直してみると、確かに呼び出し中の画面になっているのだから、これは掛からないと思った方が良さそうだった。
僕がごそごそやっているので、眠っていたリンが目を覚ましてこちらを見ている。


なんでもないからおやすみと声を掛けて、僕も寝ることにした。
電気を消して、布団に横になる。暗闇で目を開けていると、リンの寝息が聞こえてきた。
しばらくリンの寝息を聞いていると、そのうちに座敷で寝ているキスミの寝息まで聞こえてくる。
ふたつの寝息を聞いていると、そこに風鈴の音が微かに混じる。
それから、庭の池に水の湧く、なんともいえないすらすらとした音も聞こえた。
音の聞こえる範囲はだんだんと広がっているようで、それは音というよりも気配に近いのかも知れない。土蔵の方からは、聞いたこともないような不思議な音がした。
さらさら、とも、さくさく、ともつかない抽象的な音だ。


気になったので、そっと起き上がって、土蔵の方を見てみることにした。
窓から覗いてみたが、特に変わった様子はない。
座敷を覗くと、キスミが気持ちよさそうに眠っている。居間に顔を出すと、サカエダさんは、風流に月夜の風鈴を眺めていた。サカエダさんはおよそ、音というものを立てない。
蔵の鍵と懐中電灯を持って、庭に出る。蔵の周囲を一周してみたが、特に誰かが忍び込んでいるということもなさそうだった。
かといって、猫や鼠がいるわけでもない。
それでも、一応中を見てみようと思った。
鍵を開き、扉を引き開ける。音もなく開いた扉の奥に、懐中電灯の光を当てた。
物はたくさんあるが、中は、きちんと整頓されている。
ぐるぐると光を当てて、一通り見える範囲を確認した。やはり特におかしな所はない。
問題がないなら気にすることもないので、扉を閉めようとした時に、ふと目が止まった。手のひらに乗るほどの、十センチくらいの小さな達磨が置いてある。
箱にも紙にも包まれていない。むき出しのまま、無造作に棚の上に置かれていた。
その達磨の頭の上に、数冊の古い和綴じ本が積んであって、それが少し不安定に見えた。隣の棚の上から落ちてきたのかも知れない。
なんとなく眠くなってきたので、積んであった本を綺麗に積み直し、達磨をつかんで蔵の扉を閉める。元のように鍵を締めて、あくびをしながら家に戻った。


朝、キスミが雀がうるさいと言って叩き起こしに来るまで、珍しく目が覚めなかった。
リンはとっくに起きていて、散歩に行きたそうにうろうろと歩き回っている。
達磨は僕の枕元に置いてあった。もちろん自分で置いたのに違いないが、どうもよく憶えていない。
なんだって達磨を枕元に置いているんだとキスミが可笑しそうに言いながら、達磨を持ち上げる。縁起物なんだから、それなりに高いところに置いてやれよ。そう言って、座敷の箪笥の上にそれを載せた。