祖母と家の話

いつものように、早朝から起き出して散歩に行こうとしていると、祖母が座敷から出てきた。
いつもこんな早くに起きているのかと言うので、そうだと答える。
シュウイチが朝雀と一緒に起き出すなんてねえ。と、しみじみ感心されてしまった。
庭の池で、雀が入れ替わり立ち替わり水浴びをしている音で目が覚めたと笑っていた。
これから、リンと散歩に行くのだと言うと、じゃああたしも行こうかね。と、言ってついてくる。
居間のサカエダさんに声を掛けても、祖母は不思議そうな顔ひとつしなかった。


散歩の道すがら、あんたの曾おじいちゃんも、先刻の僕のように誰もいない場所に挨拶したり、声を掛けたりしていることがあったのだと教えてくれた。
子供の頃。まだ小学校へも上がっていない小さな頃だった。祖母は自分の父親に、どうして誰もいないのにお話するの?と尋ねたことがあったそうだ。すると父親は、今しがた声を掛けていた部屋の隅を指して、そこへ立ってごらんと言う。
言われた通り部屋の隅に立つと、なんとも良い薫りがする。
なんだろうと辺りを見回しても、その良い薫りの元は見当たらなかった。
ちょうど秋の初め頃だったそうだ。
ずいぶんと清々しい気分になって、父親の方へ戻ると、金木犀が秋を知らせに来たのだと言う。


秋というのは知らせが来るものなのか、と驚いていると、秋どころか、春夏秋冬どの時季にもそれぞれ知らせが来るのだと言う。幼かった祖母はすっかり感心してしまった。
父親が、本気でそう言っていたのか、それとも絵を描いて生計を立てているような人だから、豊かな感受性でもって、子供に夢物語を聞かせてくれたのか。分別がつく年頃にはそんなことを考えたという。
それでも、声を掛ける人が居る間、家の中は今よりずっと良い雰囲気で、夜でも明るい感じがしたのだそうだ。
曾祖父が亡くなってからも、別に家の雰囲気が悪くなったとは思わなかったが、ただ、なんとなく、寂しくなったという感じはした。と、祖母は言った。


僕が会社に行っている間、祖母は近所に住んでいる友人のところを何軒か尋ねて回り、旧交を温めてきたらしかった。もともとここの住人なのだ。友人知人も多い。
寄り道もせず帰宅すると、祖母が夕飯を作ってくれていた。
リンは、もともとこの家の匂いのする祖母に、すっかり甘えきっているようだった。
サカエダさんは、いつもと変わらず風鈴を眺めて幸福そうにしていた。
お爺ちゃんをほったらかしにしてきたから、明日帰ると祖母は言った。
寝る前に、そういえば座敷の箪笥の上にある小物入れに、祖母に見せようと取っておいた、小さな真珠のようなもののことを思い出す。
声を掛けて座敷に入ると、祖母は庭を眺めていた。
小物入れから粒を出し、祖母に渡すと、これをどこから見つけたのだと言うので、庭に落ちていたと答える。
爪を切って庭に落としただろうと言うので頷くと、祖母も子供の頃、幾度か拾ったことがあるのだと言った。
それが何なのかは結局分からなかった。