祖母の話

朝、いつものように出勤する。
駅から会社までの道を歩いている途中で、後ろから追いついてきたヨネヤに声を掛けられる。
ヨネヤは人の顔を見るなり、大丈夫か、と言う。
至って元気だと答えると、ここ数日、何か考え込んでいただろうと言われた。
言われてみれば、このところ池のことばかり考えていたような気がする。
それほど考え込んでいたつもりはなかったのだが、ふとした拍子に、池を掘り返す算段を立てていたり、池の跡に立てた笹の枝のことを思い出したりしていたようにも思う。
ヨネヤに、池を掘り返すまでの顛末を簡単に話して聞かせた。
今度見に行ってもいいかと言うので、今週はどうやら来客が立て込みそうだから、来週ならいつでもいいと答える。


退社時刻を見計らったように、携帯電話が鳴る。
祖母からだった。
こっちに来るんだって?と尋ねかけたら、それよりも早く、今駅に居るのだという。
これから出て来るのかと思ったら、もう最寄り駅に着いたのだという。
相変わらず、突発的な祖母だ。
駅前の喫茶店にでも居るよ。と言うので、すぐに会社を出る。
自宅の最寄り駅に着いて、駅前のどこの喫茶店に入ったのか尋ねようと思い、歩きながら携帯電話を取り出しかけたら、本当に目の前の喫茶店に祖母の姿を見つけた。


店内に入ると、一気に汗が引くほど冷えている。
祖母は、和服姿で背筋をしゃんと伸ばし、優雅にコーヒーを飲んでいた。
僕もアイスコーヒーを注文する。
夕飯の買い物をして、祖母と家に帰った。
玄関先で、リンが嬉しそうに祖母を出迎えた。
まるで今日祖母が来るのを知っていたような雰囲気だ。
リンがすぐに懐いたので、祖母は嬉しそうだった。
祖母は居間で少し休憩し、風鈴を眺めて、なかなか趣味の良い風鈴だねえ。と呟いている。祖母の視線のすぐ下には、サカエダさんがにこにこしながら座っているが、祖母には見えていないようだった。
冬なら既に夜の時刻だったが、まだ日が残っている。夕方の散歩を祖母に任せて、夕飯を作る。


散歩から戻ってきた祖母と夕飯を食べた。
祖母は近況を報告し、僕の近況を尋ねる。
食後に、祖母がお土産だと持ってきてくれた静岡茶を入れてくれたので、それを飲みながら、またしばらく話をした。
祖母は座敷で休むことになり、布団を敷く。
僕が布団を敷いている間、庭の様子を眺めていた祖母は、池がすっかり元通りだねえ。と言う。一人で掘り返したのかと言うので、そうだと答えた。
あの池は、本当は良い池だったんだと祖母は言った。
お父さん…僕の曾祖父…が亡くなってからは、なんとなく様子が変わってしまって、どうも荒んだような感じになってしまったんだけれど、すっかり元通りだ。
そう言って、嬉しそうに笑っている。
まさか勝手に水が湧くとは知らず、何も聞かずに掘り返してしまったので、咎められるかと思っていたのだが、どうやらその心配はなさそうだった。