池を掘った話

朝は夏空で晴れ渡っていたが、気温はそれほど高くなかった。
リンと散歩に行き、朝飯を済ませる頃には、風が出てきて空が曇ってきた。
遠くで雷の音がするから、一雨くるのかと思ったが、ぱらぱらと如雨露で撒いた程度ですっかり止んでしまった。
それでも、雲だけは残っているし、風も相変わらず吹いている。
池を掘り返すには、おあつらえ向きの天候だった。


土蔵の鍵を開け、中からシャベルを持ち出す。
それから池の跡の端に立って、先日立てた笹の枝をまず抜いた。
リンは、少し離れた場所に座り、物珍しそうに僕の行動を見守っている。
座敷の方へ目をやると、サカエダさんも座敷の中から珍しそうな顔で見ていた。
僕は、見物人たちに、今から池を掘るのだと言い置いて、シャベルを土に押し込み、持ち上げる。
土はすっかり固くなっており、手だけでなく足も添えて掘り返さなければならなかった。
いくら涼しいとはいえ、汗が出る。


それでも二時間ほどで、おおむね昔の大きさまで掘ることができた。
池は完全な円に近い楕円で、石囲いがしてあった。
池の中も、丁寧に石を組んで、護岸工事をした川のように隙なく囲われている。
かなり手の込んだ池だった。
池は、直径がだいたい一メートルほど、深さは五十センチほどで、ちょうど底の部分の真ん中だけ石が嵌っていない。
庭の隅にある水道からバケツに水を汲み、池の中を洗ってみる。
すると、ちょうど玄関脇の木戸のある方角に、一円玉ほどの穴が空いていた。
ここから水を送り込むのだろうか。
たぶん、どこかに繋がっているのだろう。
そちらを調べる前に、少し休憩をすることにした。
僕の行動を見守っているのに飽きたリンは、庭の中でちょうど舞い込んできた蝶を追いかけている。
名前を呼ぶと、やっと相手をしてもらえると思ったのか走ってきた。
座敷の方を見ると、サカエダさんの姿もすでにない。


リンに水を出し、自分は麦茶を飲む。
居間に入ると、サカエダさんはいつもの窓際に戻っていた。風が通り抜けるので涼しい。
少し休んでから、リンの相手をする。
リンは、僕の手を銜えて遊ぶのが好きらしい。しばらく右手や左手を銜えられていた。
そんなことをしているうちに、昼飯の時間になった。簡単な炒め物を作って食べる。


時折、思い出したように雷の音だけが聞こえる。
座敷から庭へ出て、池の方へ歩きかけ、思わず立ち止まってしまった。
池の中に水が入っている。
先刻、中を洗った水ではなく、澄んだ綺麗な水が半分ほど張られている。
僕の後ろから飛び出してきたリンが、嬉しそうに池に向かって走っていく。
それにつられて、僕も池まで歩いた。
池の中を覗くと、泥水はすっかり流れてしまったのか、水に濁りはなかった。
底の、石が嵌っていなかった辺りが、わずかに歪んで見える。目を凝らすと、とても微かだが水の流れがあるらしかった。
手を入れてみると、底から上に向かって水が動いている。
驚いたことに湧き水らしい。水量は、本当に少ないのだが。
そして、水は池から溢れることはなく、途中にある一円玉大の穴からどこかへ流れ出しているようだった。


だが、本当に湧き水だとしたら、今まで地上に染み出してこなかったというのが腑に落ちない。
水がどこに流れ出しているのかも、結局よく分からなかった。
リンが水を嘗めようとするので、水質が分かるまで駄目だと止めた。