子犬の事

朝起きると、ヨネヤはまだ居間のソファでぐっすり眠っていたので、起こさないようにサカエダさんに挨拶をした。
たぶん、散歩に行って帰ってくるまでは確実に寝ているだろうと思い、そのまま散歩に出掛けた。

公園に行くと、カンダさんが木立の間にあるベンチに座っているのが見えた。
柴犬も一緒だ。
おはようございますと言うと、カンダさんも立ち上がって挨拶をした。今から子犬を見に来ませんか?というので、こんなに早い時刻からいいのかと思ったが、カンダさんが歩き出すので、そのまま後をついて行った。


カンダさんの家は公園からほど近い住宅街の一角にあって、近所の家でも結構犬を飼っている家が多かった。
カンダさんは、何軒かの家を指して、そことそことそこの家にも、ウチの子犬を里子に出したのだと教えてくれた。もう一昨年のことなので、すでに子犬は子犬ではなくなっているそうだ。

カンダさんはご両親と一緒に住んでいるのだと言った。
小綺麗な一軒家で、小さな庭があった。
柴犬を庭につないで戻ってきたカンダさんは、よかったら上がっていかないかと言う。
僕は人の家にお邪魔するには非常識な時間なので、玄関先で勘弁して欲しいと言うと、頷いて一端家に入り、子犬を四匹連れて戻ってきた。

みんなじゃれあっていて、とても元気がよかった。
まだおトイレの躾ができていないのだとカンダさんは言った。
仰向けに寝ていたのはどの犬かと聞くと、この子、とカンダさんが抱き上げた。
僕には、この兄弟達の見分けがつかない。
カンダさんの抱き上げた子犬が、急にじたばたと暴れて、玄関の上がり框に腰掛けていた僕の膝の上に着地した。
それからしきりと僕の匂いを嗅いでいたかと思ったら、そのまま膝の上に座っている。

カンダさんは、少し驚いた顔をしてその子犬を眺めていたが、あなたのことが気に入ったみたいだと言った。
犬に気に入られたことなど初めてなので、本当にそうなのかは分からないが、興味を持たれたらしいことは分かった。

しばらく子犬を膝に乗せたまま、カンダさんと犬の話などをしていると、どうやら朝食を作っていたらしい、カンダさんのお母さんが出てきた。僕は子犬が乗っているので、座ったまま非常識な時刻にお邪魔したことを詫びたのだが、逆に謝り返されて、お茶まで出してもらってしまった。
お茶を飲み終えて、いい加減に帰ろうと思ったのだが、子犬がしがみついて離れない。

カンダさんは、もし差し支えなければこの子犬を貰ってほしいと言う。僕も、犬にしがみつかれたことなどなかったので、思わず承諾してしまった。
さしあたっての子犬の世話について簡単なレクチャーを受けて、僕は子犬と一緒に家に戻った。

居間では、ヨネヤがまだ眠っていた。
サカエダさんは、僕の抱いている子犬を見ると、不思議そうに近寄ってきた。
居間の床に子犬を下ろすと、途端にうろうろとあたりの匂いを嗅ぎ回り始める。
サカエダさんは物珍しそうに、その後をついて回っている。
部屋中のものの匂いを嗅ぎ終わると、子犬はサカエダさんにじゃれつき始めた。
サカエダさんがいれば、子犬も寂しい思いをしなくて済みそうだと思った。

子犬は僕にとても懐いた。
それからサカエダさんにも、とてもよく懐いた。
二日酔いで顔をしかめていたヨネヤに対してはしばらく警戒していたのだが、ヨネヤが構っているうちに、彼にも懐いてしまった。愛想のいいやつだと思う。
簡単な朝食を食べてから午前中のうちにヨネヤは帰った。
サカエダさんが一緒に食べないのを不思議がっていたのだが、彼は僕の前では食事をしないのだと言うと、さらに不思議そうにしていた。

午後になってから、子犬の生活用品などを買いに大きなペットショップに行った。
赤い首輪と、伸縮自在なメジャーのような散歩綱、犬用のトイレなどを買った。
トイレを憶えるまでは、あまり自由に動き回ると大変なことになりそうなので、部屋の一角を柵で囲って、その中に入っていてもらう事にした。
少し窮屈だろうが、我慢してもらおう。