サカエダさんの話
今日は起きたら、まだ午前五時を少し過ぎたところだった。
布団から出て、台所で水を飲んでいると、僕の横にサカエダさんが近寄ってきた。
サカエダさんは一昨日、京都から遊びに来た友人のキスミと一緒に来た。
誰かと一緒に来るとは聞いていなかったが、キスミはよく誰かを連れてくるので、いつものように気にせず出迎えた。
キスミはドアを開ければ、あとは勝手に上がって勝手に適当な場所でくつろぐので、僕も気を使わなくて楽だ。
サカエダさんは無口な質のようで、キスミの後から上がってきて、あとは黙って座っている。
キスミはおみやげに骨董屋で買ってきたという風鈴と、生八ツ橋という和菓子を持ってきてくれた。
風鈴はガラス製で、音は少し鈍い。
涼しげな水色に、金魚のような朱色が踊っている。
キスミにしては趣味がいいと思った。
僕は礼を言って、さっそく風鈴を軒下に下げ、湯を沸かして大量のお茶を入れる。
それを保温ポットに移して、テーブルの端に置いた。
僕もキスミも、普段はそれほどマメにお茶は飲まないのだが、飲むときは何杯も飲む。
飲むときというのがこうして遊びに来た時で、もちろんよほど暑い日でもない限り、熱いお茶を飲む。
僕とキスミはお茶を飲みながら八ツ橋を食べた。
サカエダさんにもお茶や八ツ橋などをすすめようとしたら、キスミに不思議なものでも見るような視線を向けられたので、思わずやめてしまった。
僕は申し訳なく思ってサカエダさんを見たのだが、サカエダさんは気にする様子もなく、にこにこしている。
結局キスミは一晩泊まって帰って行ったのだが、どういうわけか、サカエダさんだけは残った。
僕はまだ、サカエダさんの声を聞いたことがない。
だから当然、名前も素性も分からないのだ。
キスミはサカエダさんのことを完全に無視していたので、もしかすると見えていなかったのかも知れない。
キスミが泊まった日の夜も、特に困った様子もなく、風鈴を下げた窓際でのんびり外を見ていた。
僕はとりあえず、風鈴の下についている、風を受ける部分に小さく書いてあった「サカエダ」というのを、彼の呼び名にした。
サカエダさんにも異存はないようだった。
僕は、隣に立っているサカエダさんにおはようと言ってみた。
サカエダさんは嬉しそうに頷いた。
サカエダさんが来てから、早く目が覚める。
運動不足なので、今日から早朝散歩を始めることにした。